千の旋律、千の悲哀、千の記憶Dear Loneliness Leave Me Alone

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読んだあとに世界が美しく見える文章ってのがあるんだ、この世にはね。 16:25
「その人の人となり」を如実に表わしながら(つまりその人にしか絶対に書けない文体を持ちながら)、それでいて誰が読んでも美しさの一端を感じ取ることができる文章というものがある。この世にはある。それは見せかけのレトリックによるものではなく、単語や使用する漢字の選択や連ねていくリズムの向こう側に、その人が生きてきた時間と経験が伝わってくるものがそうなのだと僕は判断している。


たとえば2008年10月時点において、今年この世に投げかけられた文章の中で、至上の美しさを有していたものとして、「暮しの手帖」の松浦弥太郎編集長が記した「第4世紀34号」における氏の連載「こんにちはさようなら」が挙げられる。おそらく読んだ人は殆どいないであろうことは承知であるが、その文章に触れてもなお異論を挟むという人は少ないだろう。その中で弥太郎さんは雑誌という文化がこれから迎えるであろう未来と、その時にありうべき理想とする雑誌の作り手としての意識について書いている。静かな覚悟が伝わってくるその文章について、意地悪な僕は引用すらしないけれど、これは弥太郎さんが積み重ねてきた経験の中で培ってきた哲学の集大成でもあった。このテキストだけは「暮しの手帖」という歴史ある雑誌の編集長としてではなく、一個人の松浦弥太郎の決めた覚悟が伝わってきた。だから圧倒されるくらいに美しかったんだ。


そして。


8月も終わりに差し掛かる頃に本屋で手にした一冊の本。鮮やかなターコイズブルーに塗られた160ページしかない薄い本。そっけなく、でも滋味に溢れる手書きの文字で「臨床瑣談」とタイトルが書かれているだけの本。著者は、中井久夫。日本を代表する精神科医にして、溜息が洩れるくらいに美しい文章を、御年74歳を迎えた今なお綴り続ける偉大な随筆家である。この本は、氏の最新刊であり、版元のみすず書房の決断によって緊急出版されたものである(ゆえにページ数が少ないのだ)。




中井先生はこの本について、「『臨床瑣談(りんしょうさだん)』とは、臨床経験で味わったちょっとした物語というほどの意味である。今のところ、主に精神科以外のことを書こうとしている」と書きはじめる。そして、実際に自分の身に起こったこと、親類や知己を襲った病魔と相対した時間の回顧、後進へのちょっとしたアドバイスなどが記されている。精神科医として自分が患者とどのように接し、また臨床を積み重ねてきたかを、実際に看護師やソーシャルワーカーの前で講義を行った記録である前作「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)とはがらっと雰囲気を異にしている。


もちろん、僕はただの素人だ。精神科であろうが内科であろうが、書かれている内容について深い理解を得られたとは言い難いかもしれない。だが、中井先生の全ての著作について言えることであるけれど、それは現場で起こったことを元にして書かれている。しかも平易で美しい言葉で。つまりどこかのお偉いさんが頭の中でこねくりまわしたものを、抽象的かつ難しい表現で記していったものとは決定的に違う。そこには僕のような素人の心でさえも動かしてしまうエピソードに満ちている。文壇の世界きっての中井久夫ファンである松浦寿輝氏は、先生を評してこんな風に書いている。


「中井久夫の思考は、闘いの現場で掴み取られたサジェス(智慧)の結晶といった趣がある」(「青の奇蹟」所収"中井久夫―その人、その文"より)


「臨床瑣談」においては、入院時の院内感染に対して行っておくべき自衛策が記され、昏睡状態に陥った舅を助けるべく自分が果たした行為についてが控え目に提示され、ガンを持つ友人や知人へのアドバイス六カ条が明示される。そして、自分が前立腺ガンを患い手術した体験と、その際に使用した通称「丸山ワクチン」という日本では未承認の抗がん剤の効果について書かれる。この回の文章が毎日新聞の書評で掲載されて大反響を呼び、緊急出版に至ったのであった。


「SSM、通称丸山ワクチンについての私見」と題されたその文章は、氏がワクチンと出会ってから現在に至るまでの三十年あまりの時間の流れの中で、それを投与して助かった人、死んでいった人の記憶が綴られ、自らの身に巣食ったガンとの静かな共生の顛末が語られている。中井先生は、ガンについてこう記す。


「闘病という考え方もあるが、「闘う」といって気負い立つと、交感神経系の活動性が高まりすぎるきらいがある。「ガンも身のうち」という見方もどこかにあってよいように思う。実際、多くのガン細胞が(身体の中で)日々生まれては消えているのだから」(「ガンを持つ友人知人への私的助言」より)


別の章でも、「「闘病」という言葉は、少なくとも見舞い客など他者は使わないほうがよいような気がする。「闘う」という構えは免疫力を低下させるかもしれない。(中略)病を手なづける(馴致する)という感じがよいかもしれない」と書いていらっしゃる。「自分の命がかかってるんだ闘ってナンボだろう!」という向きにとっては最初から白旗を振っているように見えてしまうのだろう。だが、あんがいこのスタンスは大切なのだと思う。「消えろクソがん 」「今はクソがんを殺すことだけ考えて熱く生きています」と書いた故人もいたが、そうやって追い立てたり振り払おうと必死になればなるほど、それを養分に変えて増殖していく、そんなイメージを描いてしまうのは僕だけだろうか。どれだけ憎かろうと自分の体内で生まれたものに対して「クソ」と付けるなんて、と思ってしまうのは健康体であるがゆえの暴論だとは理解しているが。ただ、先生のような泰然自若とした境地を獲得できる人がどれくらいいるのかは想像だにできないが、自分がガンになった時には必ずや思い出したい言葉であることは間違いない。

中井先生は記す。 

「人の死亡率は百パーセントである。日野原重明先生が「医学は敗北の技術である」といわれるとおりである。最終的には医学の目的は、自然回復力も有限であることを忘れずに、これを適度に促して人生のQOL(Quality Of Life/生活の質のこと)の積分値を最大にすることであろう」

(日野原先生は聖路加国際病院の理事長であり、御年97歳を迎えられてもなおスケジュールは数年先までいっぱい、健康のために徹夜を止めたのは昨年というモンスターである。)


生まれて一歳を迎えた頃のこと、僕は父親が不用意に置きっぱなしにしていた煙草を二本食べて意識不明に陥ったそうだ。救命に担ぎ込まれ胃洗浄で事なきを得たらしいが、そんな重要な話を知らされたのはよりにもよって最近のこと。煙草に含まれるニコチンの致死量を考えても、あの時にあっけなく逝ってしまっていた可能性だってある。

一本道ノボル、享年一歳。

全く記憶に残っていないのだけれど、その話を聞かされてからは「あのまま死んでいたら」と想像することもしばしばある。僕は、そこから29年も生き延びてしまった。痛みも、苦しみも、恐怖心も、何もかも憶えてないのだから(封印しているのか?)、死の淵に立たされた人にありがちな、「一度は死んだ身だ、がむしゃらに人生を生きよう」という気持ち悪いくらいにポジティブな気持ちはこれっぽっちも芽生えてこない。「ちょ、今更そんなこと言われても」と苦笑しか浮かばない。その事実によって、「あー、どうりで」と、自分の人生観の結構全てに合点がいくことばかりだけれど。ただ、ラッキーというわけでもないが、一歳以降の生きてる時間の全てがオマケみたいなもん、あるいは長い長い延長戦のようなものだと思うと気が楽になるのは確かだ。僕が生の時間を積み重ねていくなかで、目にしてきた風景、得てきた知識、宿ってきた感情、出会って対話してきた人々、それら全てがもしかしたら知らなかったままなのかもしれないのだから。感謝の気持ちが湧き上がってくる。なるほど、これは一つの「世界を美しくみる方法」だなと思う。用意された残りの時間があとどれくらいなのかはわからないけれど、少しでもQOLを高めることに全力を注ぎたいとそのように思う。





余談だけれど、僕は物心ついてからこの方、煙草を認識すると親の仇を見るような目になり、なぜだかわからないけれど吐き気がして無性に腹が立ってイライラが募り、煙の臭いをかぐだけで不機嫌の極点に達していたのにはこんな納得できる理由があったのだ。では、経験者から一言。

煙草を止めたい人は、食うといいよ。

人生も終わるかもしれないけど、喫煙者としての日々も終わるから。
| Book_Interdependent | comments(0) | - | posted by 一本道ノボル
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