千の旋律、千の悲哀、千の記憶Dear Loneliness Leave Me Alone

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青い目をしたファントム・エンパイアへの案内人 13:45



この音楽が流れている33分間について表現しようと試みたところで、
如何なる言葉も無力なものでしかない。俺が視たイメージを書く
ことでそれに変える。そこは病院だ。鏡を見ることができていない
ので具体的に自分が何歳であるのかはわからない。肌の質感など
からそんなに老いてはいないだろうと判断できるが、既に身体を
動かすことすらままならない。病院であるがここはホスピスだからだ。
俺の身体は癌に蝕まれターミナル期にあるようで、延命治療を拒否
しここに入院している。あくまでQOLの向上にこそ拘泥する。症状
による痛みはコントロールされ、時に意識は朦朧とするも、クリア
な状態を保つことはできている。幾許もない残りの時間、砂時計の
砂が落ちきる寸前のこの時間、人生を振り返っている。大好きだった
女の子たちの顔を一人ひとり思い浮かべている。思い浮かばなく
なっている人もいる。彼女たちの幸せを願っている。リビング・
ウィルについて考えている。臓器は提供できるだろうか。最後まで
誰かの役に立てるだろうか。茨木のり子の詩「ぎらりと光るダイヤ
のような日」の一説を思い出している。


  世界に別れを告げる日に
  ひとは一生をふりかえって
  じぶんが本当に生きた日が
  あまりにすくなかったことに驚くだろう

  指折り数えるほどしかない
  その日々の中の一つには
  恋人との最初の一瞥の
  するどい閃光などもまじっているだろう

  <本当に生きた日>は人によって
  たしかに違う
  ぎらりと光るダイヤのような日は
  銃殺の朝であったり
  アトリエの夜であったり
  果樹園のまひるであったり
  未明のスクラムであったりするのだ


さて、そろそろ世界に別れを告げなくちゃいけない時間がやってきた
ようだ。でも、大昔に聴いたこのアルバムの美しい音が鳴り終わる
までは、待ってほしい。たった30分のことだ。それくらいはサービス
してくれてもいいんじゃないか? 最後のお願いだ。どうだい、
美しいだろう? まるで白鳥の歌ばかりが詰まっているように聴こえ
ないか? 
オーストラリアはメルボルンを拠点に活動するバンド(っていうよりも
SSWと言いたいけど)、Tamas Wellsが今春リリースしたセカンド
アルバム「A Plea En Vendredi」をようやく入手することが出来た。
てつさんのサイトで紹介されていたのを知り、ファーストアルバム
を聴いたのが昨年のこと。2年ぶりとなったセカンドは、音的には
前作と何一つ変わらないが、その純度は究極にまで高められ、死の国
(ファントム・エンパイア)に繋がる扉を開くかのような鎮魂と
苦痛除去の音楽がここに生まれた。


Nick Drake meets Sigur Rosと称したレビューもあったが、偽りなく
今の世界で最もエンジェリックな曲を書き唄う男が、Tamas Wells
であると俺は思っている。先日の来日においてKAT-TUNにどっぷり
はまっていた(そうだ)アイスランドの彼は、光と影の混在する
バランス面でエンジェリック度はTamasに劣る(だってKAT-TUNだぜ。
Takkの次はKAT-TUNなんてタイトルのアルバム作り兼ねない)。


Tamas Wellsの曲は、アコースティックギターと幾つかの種類の鍵盤、
基本的にその二つのみで推進していく。バンジョーやメロディカと
思われる音も聴こえてくるけれど、それは隠し味程度でしかない。
リズムなんて無きに等しい。アルペジオのヴァリエーションとピアノ
(モーツァルトの楽曲同様に高音域中心に使用しているので、
その癒しの力にはそんな理由があると思われる)フレーズだけで
この天上の美しさを表現してしまう。


その理由は、Tamasの歌声とメロディ(と自身による多重コーラス)
にある。とりわけM-2「Valder Fields」を公式サイトからダウンロード
して初めて聴いた時の衝撃は近年ないくらいだ。2分30秒の麻酔。
俺はこの2分30秒を1時間近くは繰り返していただろうか。現世を
生きる人間には表現なしえない美しさと、その裏側にある哀しみの
大きさ。どうして? どうして青い目をした彼はこんな音ばかりを
奏でなくては、こんな優しいメロディばかりを紡がなくてはいけ
ないのだ。これは、黄泉の国と背中合わせの美しさだ。メロディを
司る死神とでも取引したのではないかと妄想してしまう。


その理由の一端としては、彼がHIV/エイズ教育の地域医療プロジェクト
で働いていた経験と密接に繋がっていると俺はふんでいる。おそらく、
エイズが発症し死に逝く運命を背負った者、HIV感染が発覚するも
それに必死で抗おうとし続ける者、自らの犯してきた過ちを悔やむ者、
運命に文句垂れるだけの者、そして治療むなしく死んでいった者。
目の前で関わるそれらの人々に対して己は何をすることができるのか。
彼が紡ぐメロディの、優しさの裏側に湛えられた哀しみを乗り越える
強さの感情は、そんな必死の覚悟とともにある。聴くもの全てに
穏やかな笑みを浮かばせる彼の「うた」。それは、「どんな状況に
あっても君に苦痛は感じないでいて欲しい」という願いが込められて
いるかのようだ。



だが、それが問題だ。これはもはや人間兵器(ヒューマンウエポン)
の域に達している。彼の歌はたちどころに苦痛を除去する万能麻酔
であるが、同時に麻薬でもある。絶え間なくモルヒネを打ち続けて
いるようなもので、それが切れた瞬間に襲い掛かる痛みの大きさを
想像するだけで恐怖がやってくる。だが、繭のようにその世界に
浸り聴いていると生活の全てがどうでもよくなってしまい、アパシー
に支配される。社会人は仕事を辞めることを真剣に考えてしまう
だろうし、学生は引き篭もるだろう。今となっては遅きに失した
感が否めないが、国家規模でTamas Wellsの存在を隠蔽しておく
べきだった。政府は音楽の力を侮っている。


だが、安心してほしい。音楽が時に兵器となりうるという効力を
よくわかっている日本のレコード屋(大手/インディペンデント問わず)

皆さんは、いち早く先手を打ってくれている。協定を結んでいる
のか、タワー/HMV/Amazonジャパンをはじめこのアルバムが手に
入らないようにしてくれている。本当にありがたい、これで日本は
救われる。このまま輸入規制を続けて欲しい。Tamasの被害者は
俺たちでたくさんだから。



ちなみに、本国オーストラリア以上にTamas Wellsを熱狂的に支持して
いるのは中国人であることを最後に記しておこう。彼等が中国語で
Tamasのこのアルバムを紹介している文章の、俺以上にぶっ飛んだ
妄想の数々に驚嘆してしまう。あいつらちょっといっちゃってる。
将来の中国経済を担うであろう彼等がTamasの音楽に骨抜きになって
いること(ウォーアイニーってフレーズ続出)をBRICsに投資して
いる人たちに教えてあげたいものだ。やばいと思うよ、このままだと。


「要怪只能怪自己免疫能力太低、这是一种美丽迷人的病菌」(俺の
免疫力低下中! これは人を惑わす美しいウイルスだ!←俺と一緒
のこと書いてる人)
| disc review | comments(0) | - | posted by 一本道ノボル
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