千の旋律、千の悲哀、千の記憶Dear Loneliness Leave Me Alone

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こんなことに憤ってしまうのはまだ青い証拠なのか 19:25


エルマガジン10月号の「本屋特集」は、読み応えは確かにあったものの一抹の不安をおぼえもした。それは、書店員に対するアンケートから見えてきたものなのだけれど、質問項目の中に「一ヶ月の本代」というものがあり、それに対する回答に唖然としたのだ。こんなにもレベルが低いものなのか・・・、と。


アンケート人数は100人。有名書店から町の書店、セレクトブックストア、古書店まで幅広い店員が登場。中には本好きには名のしれた方までが回答を寄せている。


上記の質問に対する回答の金額、それに僕は驚きを隠せなかった。憤りすら感じた。一人だけを抽出するとあんまり気にならないのだけれど、その項目のみに着目して俯瞰すれば、あまりにもおかしいのだ。


つまりは、みんな本に金を費やさなさすぎ!


諭吉越えていたらまだマシな部類で、樋口以下なんてざらだもの。なかにはポリシーなのか、ゼロという人も(そんなポリシーに何の意味があるのか)。
開いた口が塞がらない。雇用形態は、自営以外は皆正社員だろうから、給料が低すぎるなんてことはないだろう。書店を代表して登場しているのだから、職場ではそれなりの地位にあるのかもしれない。


それが、あなた、一月数千円って・・・。そんなのが許されるプロの世界なら、文化が廃れていくのも仕方ないね。あまりにお里が知れてるんだもの。「社員割引のない会社で残念」とか「回し読みさせていただいてます」「できれば一冊も買いたくないのですが、つい勢いで買ってしまい、二千円位?」といった、信じられないコメントが飛び出している。確実に言えることは、本そのものに愛情がある人が少ないということだ。本を読まないことは主義もあるし、時間的余裕もあるし、経済的な兼ね合いもある。そりゃ読まないよりは読むにこしたことはが、「書店員が」本を読まないことは問題だ。上司は何も言わないのかな、と不思議に思う。中間管理職の人間が、仕事放棄している現場の人間に対して注意を促さないのかなと。これ、普通の企業なら明らかにマイナス査定となるんじゃないの。


同軸で語ってはいけないのは承知だけど、ショップならノルマはあるよね。レコ屋でも、中毒みたいに買ってる人ばかりだ。一番単価が安いジャンルなのに、買わないなんて、それこそ本や雑誌に失礼だ。というよりも、あなた方が率先して買ってないのに、人に買わせようだなんてどこに説得力が宿るんだ。笑わせるなよと。


ちなみに俺は平均二万五千くらいだよ。もちろん、なるべくセーブして、だ。たくさん立ち読みもするけれど、たくさん買いもする。だって雑誌の平均価格は約600円くらいでしょ。マンガや文庫だってそれくらいじゃん。新書は700円だ。ハードカバーなら小説は1500円以上だし、その他のジャンルは2000円未満。専門書に至っては3000円が攻防ラインか。アートブックなら・・・書くまでもない。古本屋も足しげく通うしね。普通にそれらをまんべんなく買ってたら、当たり前のように諭吉は越えるでしょ。この前も、森山大道の復刻SM写真集買ったけど、あれ7000円だったよ。ゆくゆくは松岡正剛の「千夜一冊」(全七巻・10万円)を購入したいと考えてるくらいだ。もちろん、読んだ量を誇ったり頼ったり、そして驕ったりするのは良くない。でも、そこからしか見えない景色があるのもまた事実なんだよね。そして、読めば読むほど、「自分はまだまだ何も知らないのだ」という思いが膨れ上がる。つまり、ワクワクするんだ。乱読と再読、多読と精読、併読と専読。読書はこんなにも楽しいということは、何千冊の向こう側でようやく掴めた気がする今日この頃なのだ。




ましてや、書店員ならなおのこと休日などに他店を訪れ購入することでその店のサービスや売り場展開、ポップなどを調査してまわらなきゃいけないでしょ。プロなんだから、そんなの当然。それを各フロアごとにやるのも当然。だって、書店員の看板しょってんでしょ。意地や誇りくらいあるでしょうが。本を知り、他店を知る。百戦危うからずにするためには、本への投資なくしては何一つ成り立たないというもの。



俺は間違ったこと言ってるのかなあ? 理想を追い求めすぎてるのかなあ? もしかして、みんな仕事として割りきってるのかな。単なるメシの種なんだろうか。一冊の本や雑誌に想いを託したり、自ら使命感に貫かれたりなんて、もはや古臭いんだろうか。本を知らなくとも本を売ることはできると考えてるとか?


自腹切って買わないと、己の血なり肉なりにはならない。これは本に限ったことじゃなく、服や音楽でもなんでもそうだよね。文化吸収の全般に共通することだ。長く生きてりゃ誰でも痛感することだと思っていたんだけれど、この時代にそんな植草甚一マインドを持ち出そうとすることすら、やはり時代遅れなのかもしれない。今の時代は「いかに損をしないか」ということに重きが置かれているんだろう。だから、誰もが推薦するものしか買わない。結果、同じものばかりが売れる(人が買っているものは安心する)。自腹を切っても、痛みが少ないようにすることで必死なんだ。自腹を切るという行為は、本当に痛みを伴ってこそ、そこからの回復の過程で血となり肉となっていく。ゆえに、痛みのない切腹などあり得ない。


植草先生、すいません。どうやら僕らは風前の灯し火のマイノリティになり下がってしまいました。俺、本屋に対する様々なアイディアは常日頃から考えているつもりだったけど、こと関西に限ってはこんな人たちが書店の看板しょってるようじゃ、どうにもならんわね。ましてや、本屋大賞の基準もさらに見直したほうがいいんじゃないのかな。「ノミネート作品全部を読んだ人」だけじゃなく、「毎月○円以上書籍に費やす人で、ノミネート作品全部を読んだ人」とかに。じゃないとサプライズなどは生まれ得ないし、「どうせこの作品が取るんだろなぁ」なんてのばかりが受賞する、予定調和文学賞になってしまうよ。


そして俺は今日も本を買う。途方に暮れて本屋に逃げ込む。いつだって、そこに光はあったのだから。それはこの先も変わらないことだ。僕を一番ワクワクさせてくれるのは、昔も今も書物の要塞なんだから。本屋という場所には何の罪も憤りもないんだ。そして、本屋とはいつだって僕たちのような人間にとって、シェルターであり、アジールであった。そして、インスピレーションの源泉でも。書店員とはその聖域を守護する警護隊の役目があるはずなんだ。その役割の重要性を常に胸に抱いて欲しい。僕らをただ金を落としていくだけの人間としてしか見ていないような人は、いてほしくない。本屋なんてそもそも儲かるような場所ではないわけだし、金を稼ぎたいなら別の職業を選べばいいんだ。文化に殉ずる覚悟がない者は去るべし、とは言いすぎなのは承知の上で。



とりあえず、関西の書店員は書店を特集した雑誌の内容が良いものになるように協力しようという姿勢が皆無なのは間違いない。アンケートに正直に答えればそれでいいというものでもないだろう。それは誰が読んでも明らかだ。まずは読者のことを考えて、その人たちが自分たちの回答を読んでどう思うかを第一に考えるべきなのだ。それなのにエルマガ編集部も人が良い。僕がデスクだったら、こんなやる気のないアンケート結果が返ってきた時点で全てを白紙にして違う企画に差し替えるだろう。だって、「最近買った本とその理由」という質問ならば、普通だったら啓蒙の意味も込めてそれなりの書名を挙げたりするもんじゃないか。それが「『TV STATION』  テレビっ子なので」とか回答されているんだ。ほんとバカじゃねえの。お前は引きこもってテレビだけ見てろ! お前みたいなのが本屋に立つな! ちなみにその人の一月の本代は「1〜2千円」だ。一月に費やす金額と人間としての中身は見事に比例するんじゃないかと思われても仕方ないところまできている。
| magazine_knotting | comments(0) | - | posted by 一本道ノボル
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