千の旋律、千の悲哀、千の記憶Dear Loneliness Leave Me Alone

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ぼくの歌・みんなの歌(原点を忘れた全ての人へ) 02:05


原点とは何かという瞬間を、そこから発せられるパワーの凄まじさを目にしたのでご紹介したい。ときは1月18日金曜日。早朝5時台にNHKのBS1にて「ニュース おはよう日本」を見ていたときに"それ"は流れた。「広島県庄原市・元気を届ける84歳のDJ」と題された正味5分弱の映像をご覧になった方は、いったいどれくらいの数なのだろう。


上記の場所に居を構える槇原数彦さんは、84歳にしてDJでもある。だからといって、あの長崎のクラブでVJをやっている75歳のお婆さんとは少しだけ種類が違う。槇原さんがDJを行うハコには若者は一人もいない。なぜならその場所は特別養護老人施設だからだ。クラウドは全員が老人。彼は各地の老人ホームなどを回ってDJを行っている。


彼がイベントの本番当日を迎えるまでの密着取材の結果が流される。槇原さんの猟盤の模様からそれは始まる。彼が漁るエサ箱は、レコード屋ではなく地元の郷土資料館に保存してあるレコード。ボロボロになったスリップから一枚一枚を取り出しチェックする。ジャンルは多岐にわたるが、主に民謡や童謡が多いらしい。DJ KAZはそれらをまずテープにダビングしたのちリスニングに入るわけだが、寸暇を惜しむ彼は畑仕事や農作業の現場に携帯ラジカセを持参し、鍬を振りおろしながら流れてくる歌に耳をすませている。そうして頭の中の宇宙でプレイの構成が組み立てられていくのだ。

そして、家に帰るとスキルを磨く特訓だ。練習の虫の槇原さんは、誰からプレゼントされたのかわからないけれど、ヴァキューム・レコードのポータブルレコードプレーヤーを使用していた。懐かしい形状。プレイリストを練ったノートには構想の案がびっしりと。


そして、ここからが槇原流のメソッドが発揮される。彼は単に曲をそのまま流すということはしない。それでは老人たちは興味を抱かないと思ったのか、曲のつなぎの合間に小話を挟むようになった。そう、彼が確立させた槇原メソッドは、日本古来のラジオのディスク・ジョッキーとしてのDJとクラブミュージックとしてのDJを融合させたものなのである。現場と現場を一つにまとめたのだ。


だが、元来弁が立つタイプではなかったという槇原さん。彼はプレイの際に披露する小話の練習をするために、数多くの漫才を見たり落語を聞いたりしてトークの研鑽をつむ。ネタ手帳には研究のあとで余白がないくらいに埋まる。そして、そのためだけにDVDプレイヤーを購入してしまう(おそらくは年金をつぎ込んで)。


本番当日、持参したものなのか自作のブースには一方にポータブルのプレーヤー、もう一方にはどでかい円盤式「蓄音器」が! これには空いた口が塞がらない俺であった。ミキサーなんて当たり前のようにない。使う機材はこれらとハンドマイクだけ。プレイは椅子に座って行う。そして、この日は正月が明けたばかりだったからかどうかはわからないけれど、童謡の「お正月」でキックスタート。


クラウドはじょじょに熱狂し、音楽に身を委ねる者もいれば、手拍子を重ねる者もいる。受け手のスタイルはバラバラ。DJの方を向いてただ踊っている(ふりをしている)ような若者とは大違い。映像はここで槇原さんのトークの模様に切り替わる。


槇原さんは老人たちに檀上から語りかける。槙原さんの情熱は凄まじい。「歌を1曲歌えば1年寿命が延びるんです。2曲歌えば2年が。3年歌えば、僕らは死なないんです!」とフロアに向かって唱えるのだ。その姿はアジテーターでもありグルでもあり、一人の老人としての生命力とパワーに満ちている。そこに宿るピュアネス。彼らを元気づけるための方便というよりは、彼が心底そう信じているというものが伝わってきたよ。彼がこんなことを始めるようになった契機はおろか、どれくらのキャリアがあるのかといったことには一切触れられていなかったけれど、槇原さんは「100歳まで(DJを)続けたい」と語っていた。


この日のラスト、 彼が選んだ楽曲は千昌夫「北国の春」。それはこの日の盛り上がりのピークポイントを迎えた瞬間だ。誰からともなく始まったシングアロング。「あの故郷(ふるさと)へ 帰ろうかな 帰ろうかな」というサビのラインで、涙にむせぶオーディエンス。車椅子に座り全身に麻痺が残る人も、痴呆症状が末期に達しているいるらしき人も、泣きながらときに鼻水を流しながら合唱していた。「歌の力とはこれほどのものなのか・・・」とその凄さを思い知ると同時に背筋が寒くなり鳥肌が立つ。


とんでもないものを見た。そして、真のDJの姿を見た。もちろん自戒を込め以下の言葉を記そう。たとえば実際にDJ経験者がこの日記を読み、その上で槙原老人を小馬鹿にするのだとしたら、その人は何一つ才能の欠片もないだろう。僕はDJ経験が全くないので想像もつかないけれど、現在進行形で(プロでもアマでも)それをやっている人はいったいどう思うだろうか。自分が普段行っていることと槇原さんの間に何かの差があるだろうか。少なくとも情熱の面では何一つ変わりはないでしょう。彼は上記のような現場を目の当たりにし、実際に積み重ねている。そりゃ、自分が燃焼させる生命のともし火あるうちは、最後の最後まで現場にいたいと思うようにもなるだろう。もしかしたら、彼の流した曲によって実際に寿命が延びた人だっているかもしれないのだ。そして、そんなことが可能なのだと自分に言い聞かせながら、彼は彼のやり方で、全く新しいアプローチでDJの新時代を切り開いている。想いの度合いのケタが違うよ。そこに込められた想いは、辻信一氏によって紹介された「ハチドリのひとしずく」や玉置浩二の楽曲「Mr.Lonely」の最初のフレーズと等しいものだ。


"こんな僕でもやれることがある"(Mr.Lonely)


ここまで音楽の力を信じてる人なんて初めて見た。彼は音楽を、自分をよりよく見せるための手段には何一つとして使用しない。皆さんの周りにもいるでしょう、そういう人って。モテや優越感のファクターとしか見なしていないような、ね。音楽は音楽「でしかない」のではない。音楽は音楽「だからこそ」、その強度が世代を超えて伝わっていく。鳴らされる音がしばしばカタルシスへといざなう。僕はもっともっと音楽を信じようと決意を新たにしたのだ。音楽の力を信じて、この世界中の広い広い片隅には、信じられないくらい美しいメロディを奏でる人がいる、全く新しい才能を持った逸材が存在する、それだけを頼りにたくさんのアーティストを発掘していきたい。「こんな僕でもやれることがある」とは、それは僕にとっては一人でも多くの人の心に残るコンピを作ったり紹介したりすることだろう。


とりあえず、この事実がQJで取り上げられないのなら、あんな雑誌死んでしまえばいいとすら思う。少なくともかつてジャーナルコーナーでピックアップされたハードコアやパンクバンドの写真を撮り続けるお婆ちゃんとは見ている地平の次元が違うのだから。



以上、年間ベスト書籍部門にランクインした森達也「ぼくの歌・みんなの歌」(講談社)へのオマージュテキストでした。
| - | comments(7) | - | posted by 一本道ノボル
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Comment








はじめまして。DJ KAZの孫、MACKYと申します。
あんな早朝のニュースを見て、こんなに素敵なDJとしてご紹介頂き家族として非常に嬉しい限りです。
叔母さんから「森達也さんのレビューで紹介されてる!」とメールが来てビックリして検索して飛んできたところで、
とても祖父の紹介文とは思えず不思議な感じです。

一番ビックリしたのは祖父がDVDプレーヤーを購入していることを一本道さんから教えてもらったことですが。。。

明日も寒いみたいなんで電話でもしてみます。ほんと素敵な文章で紹介頂きありがとうございました。
プリントアウトして持っていってやります。

どもども
posted by DJ MACKY | 2008/01/28 9:45 PM |
>DJ MACKYさん

MACKYさん、コメントありがとうございます!!
まさか・・・まさか槇原さんの親族の方からコメントをいただけるとは、思いもしませんでした。MACKYさんもおじい様がこのような熱いテキストでもって紹介されているとは想像もされなかったと思いますが(苦笑。

自分の祖父の紹介文とは思えないというのは確かにそうかもしれません。なにしろ僕は、5分に満たない放送を見ながら、天啓のごとき電流に貫かれ、一心不乱にそこら辺にあったメモ用紙に内容を箇条書きにしたんですよ。それが元になってこのような日記へと昇華されたんですが、時間帯も時間帯で半分寝ぼけ眼であったこともあり(苦笑、若干の、いえもしかしたら結構な誇張表現があるかもしれません。その点はどうかお見逃しください。

ですが、上記の日記で僕が思ったことに全く誇張や脚色などは一切なく、大切にしていくべき全ての原点を思い起こさせてくださったのは槇原さんのご活動や信念に尽きます。本当にありがとうございましたとお伝えください。この日記を読んで、色んな人から「考えさせられた」や「元気をもらった」とメッセージをいただきました。彼ら彼女らだけでなく、もっとたくさんの人に槇原さんの想いが伝わっていけばと思いますね。


こんな場末のブログを発見していただいた叔母様にも、どうか宜しくお伝えください。


ちなみに上記の「Mr.Lonely」の歌詞の続きはこんな感じです。



こんな僕でもやれることがある
頑張って ダメで 悩んで 汗流して
バカなやつだって 笑われたって
涙こらえて

どんな時でも どんなことにでも
人の気持ちになって
この心が痛むなら
むだなことだって 言われたって
かまわないから

むくわれないことが多いだろうけど
願いを込めて

posted by 一本道ノボル | 2008/01/31 1:46 AM |
お返事ありがとうございます。またまた登場しました(^^

熱いテキスト!そうですね、ホントびっくりしましたよ。
お見逃しくださいも何も、本当に感謝感激しております。
そしてこのエントリーで「考えさせられた」「元気をもらった」という感想を持った方がいらっしゃったということについて、
改めて祖父のひたむきな姿勢を客観的に見てあげなきゃなと感じた次第です。

私自身は大学生から趣味でDJをやっております。(クラブでターンテーブルを回すいわゆるアレです)
キャリアは私の方が長いのですが、祖父の方が全国区になったことでちょっと悔しいという思いというか、
やはり自分の行動にどれだけ想いを乗せるか、が大事なんだなと思いました。

一本道さんのテキストとMr.Lonelyの歌詞に励まされ、今日も仕事がんばります。

ではでは
posted by DJ MACKY | 2008/01/31 11:40 AM |
Mackyさん、ほんとうに色んな人からそういう言葉をかけていただいたんですよー。書いた本人がびっくりしてしまったくらいに。

まさに伝えたい想いがそこに乗ったとき、その際の伝播能力に改めて驚かされてしまった次第です。むしろ、僕はテキストとしてまったく練りこまずに、さながらイタコのように目にしたものをパッケージして文章化しただけだったので、余計に。悔しさ半分ですけど(苦笑。頑張って書いても(書けば書くほど)、こんなに反響をもたらしたことってないので。そういう意味でも色々考えてしまいます。想いを乗せるとはなんと難しいことか、と。


MACKYさんもDJをされていたとは! もしかしてMACKYさんが槇原さんの道を開いた師匠にあたる人になるんでしょうか。その辺のバックグラウンドを一切紐解かずにNHKスタッフはVTR作りをしていましたので妄想にて失礼いたします(笑。僕自身もDJという関わり方ではないのですが、本職とは別仕事でレーベルに多少なりとも携わっていまして(あんまりこのブログでは触れてませんが・苦笑)、音楽を単純に享受することができなくなっていたんですね。玄人目線というか、素材のように見てしまっていた。そんな自分にこのたび気付かされました。本当に中高生の頃のような素直な感覚を再び取り戻したとも言えます。あぁ、音楽の力って本当に凄いなあ、と。

色々しんどいこともたくさんありますが、もう一度あの頃のように音楽を信じて、なんとか頑張ってみようと思いました。MACKYさんの日常にこの文章が何らかの良い作用をもたらしてくれたのなら、こんなにも嬉しいことはありませんです。
posted by 一本道ノボル | 2008/02/02 11:06 PM |

こんにちは、こんばんは、紳士28号と申します。

実は私、夢の様な体験をして参りました。
これは是非とも色んな方にお勧めしなければと思いまして紹介させて頂きます。
少しだけ××するだけで…お金も女も、手に入るのです。
http://fnxvsr4.www.feisbook.mobi/fnxvsr4/
posted by 紳士28号 | 2011/06/03 10:34 AM |

セ レ ヴ リ テ ィ な 巨 乳ちゃんに買ってもらったwwwww

パ イ ズ リとかしてもらって4回ほどヌいてもらったんだが
突然12万も渡されて、マジで腰抜けるかとオモタwwwwww

つか「1 回 3 万 = 1 発 3 万」ってことなのなwwww
住む世界のレヴェルが違いすぎるぜ。。。( ̄▽ ̄;)
http://3h3k-jl.money.gandam.org/3h3k-jl/
posted by 佐々木 | 2011/06/14 6:36 AM |

紳助引退の真相はこちら
http://vccg3ls.ato.zetto.info/vccg3ls/
posted by AtoZ | 2011/08/27 12:49 PM |
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